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バングラデシュをサイクロンが直撃
原点
                       (原点)

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バングラデシュがサイクロンに襲われた。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20071117it14.htm?from=navr
http://jp.youtube.com/watch?v=lPGNuh54doI

死者数1700人超・・・
まずはご冥福を祈りたい。
そして何かをしたいと思う。

私はこれまでに2度、バングラデシュに「助けられている」。

1回目は、大学卒業直前。広島で関っていたNGO・HOPEのスタディーツアーに参加したときだ。

そのころ私は悩んでいた。
大学院に受かるまでは、落ちたらどうしよう、と悩んでいたのに
大学院に受かったら、やっていけるんだろうか、と悩み始めた。

その解決の糸口というか、マイナーな道に進む覚悟というか、
そんなものを見つけたいという至極勝手な理由で申し込んだ。すがるような気持ちだった。

初めての、いわゆる途上国。この目で見たバングラデシュは、色んな意味で私の原点になった。

降り立ったダッカ空港で私を迎えてくれたのは、薄暗い中に目だけが光る男性だらけの群集だった。
空港を出ると、片目のつぶれた痩せこけた女性が、一目で栄養失調とわかる赤ん坊を片手に抱えて
無心してきた。車を止めれば、小さな裸足の子供たちが窓をコツコツたたいて、小銭をせがんできた。
それしか仕事がないんだろう、毎日ペダルをこいで鍛え上げられた両脚を持つ男達が、一説には
100万台はいるといわれるリキシャを、すごい数のバスや車のあいだを縫うように走らせていた。
貧困、格差、人口過密、交通渋滞、大気汚染、悪臭に汚水、混沌と喧騒。それがダッカの印象だった。

とある工場では、光もささない、暗くて小さな部屋に多くの女性たちが詰め込まれ、コンクリートに
うすいゴザをひいただけの床に一列に並んで、ジュートできたバッグに黙々と商品タグをつけていた。

そんな女性たちも明るかった。
話しかければ、はにかんで、隣の女性にまたはにかんで、最後には満面の笑みを返してくれた。
カメラを取り出せば、キャーキャー言って恥ずかしがりながら、最後にはポーズまで取ってくれた。
彼女達が身にまとっていたサリーは、何とも色鮮やかで艶やかで、白い歯と笑顔を引き立てていた。
田舎のほうに行けば、家々は質素なものの、青々とした豊かな田園風景がどこまでも広がっていた。
小学校を覗けば、机も椅子も教科書もなかったけれど、真剣な眼差しと屈託のない笑顔があった。
いま思えば、写真と写真を通したコミュニケーションの楽しさを教えてくれたのもバングラデシュだった。

自分のなかで、糸口と覚悟が見つかった。
そうして私はバングラデシュに助けられた。


2回目は、大学院卒業直前。卒業旅行だった。

大学院を休学してインターンをしに行ったラオスで、このままでは人の役になんか立てない、
一旦は民間企業に就職して鍛えられなければと考えてはじめた就職活動は無事に終わっていた。

しかし私はまた悩んでいた。
就職先が決まるまでは、どこで働くかで悩んでいたのに
就職先が決まったら、ここでよかったんだろうか、と悩み始めた。

そんなぐらぐらをどうにかしたくて、自分の「原点」を見ておきたくて、またバングラデシュを訪れた。
2回目は、砒素汚染の問題に取り組む「アジア砒素ネットワーク」の活動現場を見せてもらったり、
ダッカ大学の日本語コースでアシスタントをしたりして、「原点」をまた違うところから見せてもらった。

それから進もうとしていたビジネスの意義も確認できた。

就職先の現地事務所や取引先工場を訪問したり、マイクロクレジットやノンフォーマル教育で有名な
NGO・BRACの大学や、BRACが支援する農村女性の手工芸品を扱うAarong(洗練された百貨店
のような趣きの店舗で、商品はバングラ国内だけでなく海外にも輸出されている)を訪問したりした。
そこには、援助では難しい、対等な関係から生まれるパワーや持続性だけでなく、発展性があった。
逆に、支援される側を振り回す支援する側の都合や意向や、両方に起こる依存はそこにはなかった。
ビジネスを通じた国際協力の形もある。それを模索するために、自分はこれからあの会社で働くんだ。

そして、また私はバングラデシュに助けれられたのだ。

いま、どうやって恩を返せるだろうか。
とりあえず、しばらく連絡を取っていなかった、日本語コースで仲良くなった友達にメールをしてみた。
すごいサイクロンが来たみたいだけど大丈夫?と。

返事がすぐに来て驚いた。
その返事を見てまた驚いた。

Mr. koichi san
バングラデシュの事を考えてくれてありがとう。
あなたはいま、どこにいますか?
私はいま、岐阜大学に来てます。


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| comments(3) | trackbacks(1) |
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何日か前から、ベンガル湾を、
とんでもなく大きなサイクロンが進んでいる、
とネットで見ていて、心配してました。
亡くなられた皆さんのご冥福を、祈ります。

いつも平和な日本にいて、たまに流れる、
新聞やテレビでのニュースを聞くぐらいで、
生きていくのに惚けていました。
なんだかおかしいと思いながらも、
子育てに忙しい、仕事が忙しい。。理由をつけ、
感謝も無く、イライラしながら、生きてました。
日本がどんなに恵まれているかも、感じずに。


バングラデシュが源さんの「原点』

私の『原点』は何かな。
そして、今、私は何が出来るか。。。

| あさみ | 2007/11/18 6:28 AM |
まずは皆様のご冥福を祈りたいです。
何ができるのか、自分はどう受け止めるかちょっと考えたいと思いました。
そして、もってぃにとって、そのような大切なもの、原点であるものをここに知ることができて 何か ありがとうという気になりました。
バングラデシュのこと、それから大事なことを教えてくれてありがとうです。
| | 2007/11/19 12:35 AM |
>あさみさん
ありがとうございます。ほんと、私たちは恵まれてますね。

今何ができるのか。
あさみさんがされているように、自分が直接でなくても
現地で頑張っている誰かを応援したりするのも、とても
大きい力になると思います。
それがバングラデシュ人じゃなくても。

私もできることからやってみます。


>たぶんあの人
ありがとう。
原点のこと、(皮肉だけど)自分でも思い出す機会になりました。
だからこそ、お返しもしなきゃね。

なんだかとても励まされました。

| 源 | 2007/11/20 3:03 AM |









http://thanx7777.jugem.jp/trackback/73
大型サイクロン(Cyclone)が襲ったバングラデシュで1700人を超える死者。
 バングラデシュの南部を直撃した、サイクロン「シドル」による、全国の死者は、1723人に達したと、バングラデシュ軍当局が報じました。 人気blogランキングにはたくさんのニュースが  サイクロン「シドル」は、15日夜に、バングラデシュに上陸しました
| ニュースTokyo:東京発 web de新聞 | 2007/11/19 11:19 AM |
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